エネルギー、環境問題を解決する次世代パワー半導体の研究開発

yano1

山梨大学 工学部 電気電子工学科担当

教授 矢野 浩司  電子メール:yano@yamanashi.ac.jp

パワー半導体とは?
 現代の我々の⾼度な⽇常⽣活において電⼒はもはや⽋かせないものになっています。電⼒には「直流」と「交流」があります。発電所から家庭、オフィス、⼯場などに送られる⼤部分の電⼒は交流ですが、これを家電、パソコン、モバイル端末、新幹線、ハイブリッドカーなど様々な機器の電⼒として使⽤するためには直流に変換する必要があります。「パワー半導体」は、この変換のための電気回路に搭載されているトランジスタ、ダイオードなどの電⼦部品であり、今や我々の⽇常⽣活を⽀えております。

今、なぜパワー半導体か

 2015 年のパリ協定では、⽇本は温室効果ガスを 2030 年までに2013 年⽐で 26% 削減するという⽬標を掲げました。これに関連し、政府は「⾮効率な⽯炭⽕⼒のフェードアウト」の⽅針を発表しました。現在⽇本の発電量の約 30%を占めるベースロード電源である⽯炭⽕⼒を削減するためには、それを補填する様々な技術、⽅策が必要となります。その⼀つが「パワー半導体の⾼性能化」です。現在我々の⾝の回りの様々な機器に搭載されているパワー半導体には電⼒ロスが発⽣します。例えば、パソコンのアダプターが発熱するのはパワー半導体の電⼒ロスが主要な原因です。様々な機器に使⽤されているパワー半導体を⾼性能化しその電⼒ロスを削減すれば、省エネにつながり温室効果ガス削減に寄与できます。

図1 我々の⽣活に⽋かせないパワー半導体

ゲームチェンジャーとしての次世代パワー半導体材料の出現と実⽤化

 現在使⽤されている半導体材料の⼤部分はシリコン(Si)ですが、近年シリコンは性能限界を迎えつつあります。これを受け、炭化ケイ素(SiC)、窒化ガリウム(GaN)、酸化ガリウム(Ga203)といった「次世代パワー半導体材料」が 2000 年始めから世界中で急速に研究開発が進められ、⼀部実⽤化に⾄っています。図2に⽰すように次世代パワー半導体材料はシリコンと⽐較して数百倍以上の理論性能を有し、これら半導体材料でパワー半導体を作製すると、その電⼒ロスが⼤幅に削減できるため注⽬されています。例として図3に炭化ケイ素(SiC)とシリコン(Si)のトランジスタのオン特性を⽰します。炭化ケイ素トランジスタの⽅が低い電圧で⾼い電流を得ることができています。すなわち電⼒ロスが低くなります。既に炭化ケイ素を使ったパワー半導体は電⾞や新幹線のモーターを駆動するために使⽤されており、今後も普及が進むと予想されています。

図2 次世代パワー半導体材料が世の中を変える

⽮野研究室のパワー半導体研究の取り組み
 ⽮野研究室では、新しい構造の⾼性能パワー半導体の研究開発に取り組んでいます。2000 年代始めから産業技術総合研究所と共同で炭化ケイ素を⽤いた静電誘導型のトランジスタの開発に着⼿し、2005 年にシリコンパワー半導体の10分の1の超低損失性能を実現しました。静電誘導トランジスタは図 4 に⽰されるようにストライプ状の p+埋め込みゲートの間を電⼦がソース電極からドレイン電極に輸送されることにより電流が流れます。この開発では炭化ケイ素材料が持つパワー半導体としての潜在能⼒の⾼さと、埋め込みゲート構造を微細化する技術を組み合わせることより上記のような性能が達成されました。2010 年には同トランジスタの限界性能(短絡耐量)を測定し、シリコンパワー半導体を上回ることを証明しています。2018 年には静電誘導型トランジスタとシリコントランジスタを組み合わせたカスコード型トランジスタを開発し、トランジスタ導通時の抵抗が約 35mΩという⾮常に低い電⼒ロスを実現しています。

図 3 SiC トランジスタと Si トランジスタのオン特性の⽐較

図 4 静電誘導型トランジスタの構造

 ⼀⽅で、低コストで⾼信頼性であるシリコン半導体を⽤いたパワー半導体の研究も継続的に進めています。その⼀つとして「スーパージャンクション構造」を⽤いたパワー半導体があります。スーパージャンクション構造は、図 5 に⽰すように細⻑いn 型半導体と p 型半導体を交互に周期的に配列した構造であり、これをパワー半導体に組み込むことによりシリコン半導体の電⼒損失を低減することが可能です。⽮野研究室では 1999 年のトロント⼤学への留学の際にシリコンスーパージャンクションパワー半導体の研究に着⼿して以来、同パワー半導体の研究開発を続けています。

図 5 スーパージャンクション構造

 今後、⽮野研究室では、次世代パワー半導体材料やデバイス構造の⼯夫により、パワー半導体の更なる発展に貢献したいと考えています。

図 6 ⽮野研究室のパワー半導体研究の主な成果

本研究に関連する主な研究業績
[1] K. Yano, M. Mitsui, H. Moroshima, J.-I. Morita, M. Kasuga, A. Shimizu, “Rectifier characteristics based on bipolar-mode SIT operation,” IEEE Electron Device Letters, Vol.15, No.9, pp.321-323, 1994. DOI: 10.1109/55.311121
[2] ”パワートランジスタ:電⼒損失 1/10 に” ⽇経産業新聞 2005 年 3 ⽉ 30 ⽇
[3] K. Yano, Y. Tanaka, T. Yatsuo, A. Takatsuka, and K. Arai, “Short-circuit capability of SiC buried-gate static induction transistors: basic mechanism and impacts of channel width on short-circuit performance,” IEEE Trans. Electron Devices, Vol. 57, No. 4, pp.919-927, 2010. DOI: 10.1109/TED.2010.2040665
[4] K. Yano, Y. Tanaka, and M. Yamamoto, “Extremely low ON-resistance SiC cascode configuration using buried gate static induction transistor,” IEEE Electron Device Letters, Vol.39, No.9, pp.1892-1895, 2018. DOI: 10.1109/LED.2018.2878933