ナノシステムにおける新たな量子流制御法の理論開発

内山智香子教授

山梨大学 工学部 電気電子工学科担当

教授 内山 智香子  電子メール:hchikako@yamanashi.ac.jp

ホームページ:http://openqsys.yamanashi.ac.jp/

 近年、量子コンピュータや量子暗号等の実装の話題が報道に取り上げられるようになってきました。これらのトピックスは、つい最近まで「机上の空論」とみなされてきましたが、ナノサイズにおける実験・制御技術の急速な発展により、実現に向けて急ピッチで研究開発が進んでいます。
 ナノサイズとは、1メートルの10億分の1(1ナノメートル)を長さの尺度として用いるくらい微小なサイズのことを指します。このスケールの世界では、原子や分子などの特性が顕著にあらわれます。その特性を記述しているのが量子力学の原理です。量子コンピュータや量子暗号は、情報処理に量子力学の原理を利用する、というコンセプトのもと、理論先行で研究が進められてきました。近年の量子情報システムの実現により、他の新たなナノシステムについても、理論ベースでの提案に対する期待が高まっています。
 このような世界的研究動向を背景に、私達の研究室は、エネルギーや電子などの量子流に対する制御法の開発を行い、新たなナノサイズのシステム理論提案を目指して研究を行っています。具体的には、橋本一成助教とともに、下記3種類の研究テーマに取り組んでいます。

(1) ノイズを利用した量子エネルギー伝送システム

 従来、ノイズは伝送を阻害する要因として排除の対象とされてきました。しかし、近年の実験技術の進展により、ノイズを利用してエネルギー伝送を行っている生体(光合成細菌)の存在が明らかになってきました。世界の研究動向は、このエネルギー伝送メカニズムを詳細に解明した上で模倣する方向に進んでいますが、生体の冗長性等に起因する困難が懸念されます。そこで当研究室では、人工的に作成したノイズでナノシステムを制御し、より高効率なエネルギー伝送を目指し、国立情報学研究所・NTT基礎研究所との共同研究を行っています。
図1:エネルギー伝送モデル図[1]

図1:エネルギー伝送モデル図[1]

[1] C. Uchiyama, W. J. Munro, and Kae Nemoto, npj Quantum Inf 4, 33

(2) エネルギー流制御に着目した量子熱機関

 蒸気機関車に代表される熱機関は、熱エネルギーから力学的エネルギーを産み出す装置として、我々の生活と深い関わりがあります。これまで様々な熱機関が考案されてきましたが、その効率は、理想的上限であるカルノー効率に到達することは不可能と思われてきました。近年の量子技術の進展により、従来のガソリンなどの媒質を量子系で置き換えた熱機関―量子熱機関―についての研究が盛んに行われ、効率の向上についての様々な検討が行われています。当研究室では、短時間領域特有の量子力学的性質が、熱機関の効率向上に寄与しうる可能性に着目し、東京大学生産技術研究所との共同研究を行っています。
図2:量子オットーエンジンモデル図[2]

図2:量子オットーエンジンモデル図[2]

[2] Y, Shirai, K. Hashimoto, R. Tezuka, C. Uchiyama and N. Hatano, arXiv:2006.13586

(3) 電子・スピン流制御による省電力情報素子
 我々の情報処理を支えているコンピュータは多数のトランジスタと呼ばれる整流素子で構成されています。近年、単一電子を制御可能なトランジスタを始め、様々な微小情報素子が提案されています。その実現には、量子ドットと呼ばれるナノスケールの素子が重要な役割を果たすことが期待されています。当研究室では、この量子ドットを利用した電子・スピン流制御の理論構築について、理化学研究所との共同研究を行っています。詳細は、橋本一成助教の項目を御覧ください。